アルタ・メイジャー・センター

頭部の二つのチャクラを開く方法は何か。

その準備段階に遠いとき、人はその種の想念や欲望の犠牲になる。頭部の主要チャクラは三つであると考え始めると良いかもしれない。合一前に振動を開始する三つ目のアルタ・メイジャー・センター(alta major centre)については語られない。これは延髄にある頸動脈腺を条件づける重要なチャクラである。それより、開きたい人が去るとき開くことを知るべきである。

待ってくれ。頸動脈のチャクラなど聞いたこともない。

実際はより広範囲に感じられる生き生きとした波動を我々にもたらす。ハート・センターと関係深く、位置的にも近いため、知らない場合は誤解する可能性がある。アルタ・メイジャー・センターは、頸動脈腺を通し、松果体と脳下垂体と共に頭部内の三角形を形成する。その統一された三角形のユニットを魂が使用することで、高位のエネルギーを循環させ、また脊柱基底の火を目覚めさせ、低位人間を支配する。

参考図:チャクラと腺の観点から見た脊柱と頭部の図
今の僕に、アルタ・メイジャー・センターは何の役に立つのか。

あなたが興味を持つ頭部の二つのチャクラ(ヘッド・センターとアジュナ・センター)と、脊柱基底センターの間に連結の磁場を形成する。これにより、脊柱基底に眠るクンダリーニの火が目覚め、火の自由な循環と、各々の光線に沿った幾何学的な上昇をいずれ可能にするという知識を持っているだけで十分である。それはまた、霊つまり真我の生命エネルギーを伝達し、心臓とハート・センターとの関係を確立する。それは専門的にはアンターカラナの物理的な対応物である。

アンターカラナは聞いたことがある。それは瞑想において何を意味すると知るべきか。

瞑想者が構築する”霊的な橋”がアンターカラナと呼ばれている。最初は低位マインドと魂との間の橋であり、次に魂を介して低位マインドと高位マインドつまり霊的な三つ組(アートマ-ブッディ-マナス)の最低位の様相との間の橋を意味する。アルタ・メイジャー・センターの場合は、後者、つまりメンタル界の第三亜界にあるコーザル体と、第一亜界にあるメンタル永久原子の間のギャップを埋める橋と関係する(七つの界層の図を参照)。また、アルタ・メイジャー・センターが頭蓋骨の底部に位置し、脊柱の最上部との間に隙間があることからも、クンダリーニの火に「橋」として関係しており、この物質の火とマインドの火が混ぜ合わせられる段階から重要になるチャクラと捉えることができる。

僕は様々な本を読み、頭部の二つのチャクラにはとても興味がある。しかしアルタ・メイジャー・センターについては誰も言わないではないか。

世の中に溢れている情報の発信元は誰だろうか。通常はアストラル界の存在である。彼らは人間の欲望や恐怖をしばしば利用し、例えば「あなたは選ばれた。世界に教えを広めなさい」と言い、瞑想中にメッセージを受け取りたい人、メッセージと”特別な自分”を結びつけたがる人たちを容易に従わせる。彼らはこうして自発的に憑依される。「スピリチュアル」と言いはするが、実際は「霊的」ではなく物質的な教え、霊ではなく人間の目標である幸福を餌に不正確な情報を蔓延させている。物質とは三界の質料のことを私は言っている。発信元の進化段階の問題により、単に何も知らないのである。

しかしアジュナ・チャクラやクラウン・チャクラを開かないと真我実現できないのは事実だろう。

象徴的に、橋がなければ届かないという事実は別にして、真我実現する人はチャクラに興味を持っていない。興味があるとすれば、それは人間が心臓に興味を持つのと同程度の興味である。あるいは、偉大な目的のために使用する必要がある場合に学び活用するのである。通常は、自我が自身である個人の幸福のためにチャクラを開きたいという夢である場合が多い。このような低級な欲望に支配されなくなったとき、チャクラは自然に機能しはじめるだろう。

君はなぜチャクラや丹光や不食など僕が好むものをいずれも否定するのか。

われわれは肉体ではないからである。強調する方向を間違わせるのは人間の欲望と恐れである。

しかし僕には肉体の感覚しかない。その状態で行うべき瞑想とは何か。

肉体を動かすのはエネルギーである。肉体は、あなたのアストラル体とメンタル体を通った二種類のエネルギーに反応して動く自動装置である。したがって問題なのは、この二種類のエネルギーである。これらをより高位のエネルギーに従わせるのが瞑想の基礎である。波動の一致がわれわれの目標である。具体的に、魂の体つまりコーザル体に、肉体とアストラル体とメンタル体を整列させるのである。そのようにして意識は変容する。これは理屈だが初期段階において覚えておく価値はある。

さっきも言ったが、僕は肉体の感覚しかなく、魂と接触できないのだ。従わせようがない。

別の言い方で試みよう。最初にアストラル体を静めることである。日頃から間違った欲望や感情に従わず静かにすること。瞑想と日常をけっして区別しないこと。たえず神聖な思い(メンタル界のフォース)や崇高な理想(アストラル界のフォース)で自身を満たし、身口意において愛と思いやりと善を遂行すること。そして定期的に瞑想し、より高位の器へ諸体を純化すること。静かなとき、あなたには分からずとも、内なる者がこれを行うのである。あなたが静かでないかぎり、内在者は何もできないことを覚えておくべきである。真に静けさを獲得したとき、あなたは霊的生命の絶え間ない流入体となり、完全に目覚めた意識で真我を認識するだろう。

私たちが純粋に正しく生きているとき、私たちは実際にはフォースに働きかけ、エネルギーを私たちの必要に合わせ、エレメンタル生命を霊的存在の必要性に従属させ、それまで潜在的な状態にあり不活発であったメカニズムと活力構造物を活動的な状態へともたらしているということを自覚することは容易ではない。

アリス・ベイリー「ホワイトマジック 上」 p.233
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