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神だけが助ける
神以外に助ける者はいない。神は真我である。個人の私を捨て、魂として生きれるようになることが最初の偉大な目標である。しかし、魂ですら霊すなわち生命なしには存在できないことを知り、一切の背後の普遍的な生命エネルギーに溶け込まねばならぬ。この一なる生命が私であり、神であることを知るとき、その者は助けられたのである。この、助ける力がどのようなときも、またどのような事の背後にも常に存在している。眉の上あたりまで降りてくる魂のフォースを知る者はますます増えている。そのエネルギーを通し... -

危険人物
この世の者で、個人的に傷つくことが一切ない者が存在するであろうか。私は傷つかない者である。傷つくという体験は私には起こらない。個人ではないのだから。今日もまた色々この世の話を聞かされ、何らかの事象で大変傷ついたとその者は言っていた。人間不信になりそうだとか、病みそう、などと語り深刻だった。目を腫らしていたから泣いたのだろう。可哀想に。自分が個人ではないことをまだ分からないのである。起きたことの被害者として可哀想とは思わないが、未だに個人が自分だと信じていることに憐れみを覚... -

神は何をしているのか
昨日、家にいるときに外で大きなぶつかる音がした。事故であると理解したが、私は何もしなかった。周囲は、大丈夫か見に行かなくてよいのかと騒いでいた。あなたは何もしないのかと言われた。私は何もしなかった。すると、自分だけ高い意識状態に安らいでいて、傍らでは誰かが苦しんでいるかもしれないのに何もしないのはおかしいと言われた。私はその者に聞いた。神はいま何をしているのかと。神は明らかにこの事故について知っているが、神は何をしているのかと。 神は助けない存在なのだろうか。わざわざ肉体を... -

一日中瞑想する習慣
焦点。我々の焦点はどこにあるのか。マインドだ。目に見える現象や身に起こる現象をもとに、常に何か考えている。あるいは、焦点は情緒や感情や気分だ。これらはマインドの解釈次第で生じ感じられるようになる。辛いとか苦しいとか、今日の予定は楽しみだとか、楽しみの最中の幸福感だとか、人類は情緒的な感覚知覚に焦点を当て、その種のフォースの奴隷状態にある。 私は、最初のマインドへの焦点化が起こらない。その背後の不動で不滅の本質が私である。つまり、始まりの私が人類はマインドの私だが、その背後の... -

霊
まだ分離した個人である弟子の目標は、魂との接触であり、その後、接触している魂との融合である。言い換えると、最初の二つのイニシエーションでは、弟子が扱うのは魂のエネルギーである。第二イニシエーション前の弟子の場合、脳意識において、明確に認識した状態で魂の力を諸体、特にアストラル体に適用しながら生きている。このようにして弟子は情緒性質から自由になる。まだ情緒は感じるであろうが、それらの背後の魂として、感じつつ、同時に感じるものから自由であるという意識状態を達成する。そして、知... -

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前の記事を読んだ人が、なぜ十が完成を意味するのかと言った。説明もなく十が完成と言われても困ると。だから逆に、あなたの完成度はいま何割くらいかと聞いたら、よくても一割か二割かもしれないと答えた。このように、無意識に十を普通の人たちもまた完成の象徴として捉え、多くの場面で十割や十点満点という考え方が採用されている。この世の測り方は一から十までしかない。十一から二十もまた、新たな周期の一から十でしかない。このような一から十を十回くりかえすと百だが、それは依然として十である。この...

