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魂の波動と脳の病気の識別
いくつか疑問点がありますので質問させてください。一つ目は、もし頭部の圧が魂の波動であるならば、眉間の疼きはどうなるのでしょうか。つまり前回説明しましたように、眉間の疼きと頭部の圧はその感覚が質的に全く異なるものです。そして両者は同時に存在する場合もあります。頭部の鈍重な圧を感じながら、眉間の疼きを感じることもあるのです。672夜様の説明によれば、私の眉間の疼きも魂の波動であるとのことですので、そうなると全く質の違う感覚ないしエネルギーが2つとも魂の波動ということになります... -

失われた時、失われない私
「今日は憂鬱で起きたくない。もう少し眠っていたい」 私たちは時折、そのように感じます。けれども、真の自己は一度として憂鬱を経験したことがありません。にもかかわらず、自我にはなぜ憂鬱が生じるのでしょうか。それはおそらく、過去の記憶と、その記憶から投影された未来予測が織りなす影ゆえではないでしょうか。 私たちは、面白みのない日々、あるいは望ましくない出来事の繰り返しが、今日もまた始まると考えます。しかし仮に、目覚めたときに記憶を失っていたならどうでしょう。自分が誰で、ここがどこ... -

祝福を目前に迷う個人意識の質問
672夜様は「自分のために生命エネルギーは流れていない」の記事において、「あなたは伝導体になっていたはずである。」と指摘されます。私はこの伝導体の意味が具体的に何を指すのかよくわかりませんが、魂の波動を周りに放射するなどの善き意味をあらわしているならば、残念ながらそのような変化はございません。それどころか、この1年で顕著になったのですが、瞑想時においても、普段の日常においても、頭の上部にかけて何か強い圧を感じるようになり、ひどいときはドクドク脈打つような感じです。そのよう... -

ハートを開き、それを主に捧げる
「魂の私」とは、頑張ることを一切やめた存在の状態である。努力や根性や精神力は頑張ることに固執している無知な存在の状態である。ラマナが、荷物は下におけば列車が運んでくれるのに、と言うように、「精神の私」から自由になりさえすれば、荷物はなくなり、古い自我意識が自分と呼んでいた者の人生の面倒をその後に見るのは、その次世代の列車である。ゆえに、起きることは自動的な話になる。起床すること、瞑想すること、歯を磨くこと、活動すること、このような文章が書かれること、この世の問題に対応する... -

自分のために生命エネルギーは流れていない
ここのところの記事で「奉仕」について多く語られております。私が本格的に瞑想を始めて6年になりますが、改めてその動機を内省した場合、自我である私の幸福を求めることがその動機であり、その目的であることがはっきりしております。私の中に巣くう、不平や不満、そして初期設定のように常に感じられる正体不明の不安や哀しみ、これらを何とかしたい、そして直感的に霊的な世界に解決策があるのではないかという思いがその動機となっております。そしてこの世の価値観に対し、多くの違和感やうさん臭さを感じ... -

精神力
「精神力」とはよく言ったものである。それは「精神の力」だが、もし精神を脇に置いたならば、残るのは「力」だけであることを露呈させている。非精神化を達成した後に我々の面倒を見るのは、この純粋な「力」である。この力が真の行為者もしくは行為という現象を可能にさせる力である。 「精神力」を目で見た者はおるまい。しかし「努力」や「精神力を振り絞る」ときの感覚などから、何が精神力であるかを人間は理解している。しかし、同じ行為が現象として起こるために、必ずしも精神が介在する必要はあるのだろ...

