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自由意志からの自由
人間は「気力」を使って生き、行為しているが、超人は、気力とは関係のない、気力の背後の力と一致しており、超人の媒体を生かし、動かし、存在させているのは、人間が知っている力の背後の普遍的な一箇の力である。たとえば、私のことを人は肉体だと思っており、これを書いている人がいると思っている。ゆえに、この著者は一人なのか、などの質問が来る。その観点に合わせて媒体は答え、一箇の肉体を通して書かれているという意味で、一人であると答えるが、実のところ、その媒体を通って動かしている力はもはや... -

愛の大航海時代
すべての病気は――事故、伝染病を引き起こす傷によるものを除いて――結局のところ、センターの状態に起因する。つまり、エネルギーの流れが乱れていたり、エネルギーが過剰に活動し不適切に方向づけられたり、エネルギーが全く欠乏していたり、エネルギーが活用されず、対応する高位のエネルギー・センターへと変性されずに残っていたりすることで起こる。 アリス・ベイリー「秘教治療上」p.291 周りの者がまた風邪で苦しみ寝込んでいる。私は、このような者たちの肉体よりも遥かに病弱であったが、もう長年、風邪を... -

恣意から意志
たとえば「大宇宙」という概念は「小宇宙」の解釈だが、その「小宇宙」が純粋になり、いかなる解釈も概念も歪曲もなくなるほど魂がマインドを掌握したとき、「小宇宙」という空想は終わり、「大宇宙」という概念もまた終わり、拡大された意識において、聖人が「神のみぞすべてなり」と言うように、「すべては我なり」の意識が、真我という調和の中で事実となるであろう。まだ通常の人間は、大宇宙に小宇宙が包含されており、世界に個人である私が存在していると逆に考えている。世界と私が全く同じものであること... -

やがて大宇宙は小宇宙に包含される
進歩の遅い人の特徴に、自己への強固なしがみつきがある。一方ですぐ進歩する者は、その自己を低級我とするならば、高級我の位置から、低級我との調和によって、高位の意識領域から低級我の意識を投げ落とす。調和によって知覚の対象外に追いやる。ここでは、マインドで生み出された想念を対象化して見たり考えたりすることはなく、いかなる二元も乗り越えられるゆえ、最も上質なかたちの素敵さがある。我々は物質界の海の波ではなく、内的な霊的魂の波に乗る。波との一体化である。この波と流れこそが、際限なき... -

フリーエネルギー
最後に一つだけ質問させてください。年末くらいから、耳鳴りのような頭の中で音が聴こえるようになりました。音というか、高周波のようなサーっといったような感じてす。単音ではなく多重に、それぞれに様々なリズムがあります。虫の鳴き声のように、静かにしているとよく聴こえます。今も聴こえています。決して不快な音色ではありませんが、うっとりするような感じでもありません。瞑想中も導入時には聴こえていますが、集中に入ると聴こえていないようです。日常生活には支障はありません。まさに虫の鳴き声の... -

神の意志
前の記事を読んで、「私も誰かのために生きてみよう、生き直してみようと思いました」とある人が言った。これはもう間違っている。導入としてはいいかもしれないが、それは本質的に、「自我による自我のための努力」であるため、すでに苦痛の性質を帯びている。しかし真の奉仕は自発的なものであり、それは愛と喜びと一体性に根ざしている。それは神の意志がその者を貫くゆえに起きるものであり、神の力が肉体や精神を導くがゆえに純粋かつ無努力に行われるものである。だから冒頭の宣言は自我の宣言でしかなく、...

