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自分を諦めるとき、自分からは解放される
奉仕はハート・センターを目覚めさせる特に優れた方法であり、服従は、魂のフォースの衝動に対する二つのヘッド・センターの反応を呼び起こし、それらを魂の認識の一つの領域へと融合する上で同じように有効である。これらの衝動の持つ力を理解している人が何と少ないことか。もし欲求を満足させたいという衝動が人間の形態生命の基本的な衝動であるならば、奉仕しようという衝動は人間内の魂の同じく基本的な衝動である。 アリス・ベイリー「秘教心理学・第二巻上」p.198 「服従」による頭部の二つのセンターの発... -

意味の超越
記事での返信ではなく直接的なやり取りを望む方も少なくないが、すると貴重な時間やフォースを特定の個人のためだけに費やすことになる。どこかで線引せねばならぬが、置いてゆくわけにはいかない。しかし、実践的かつ技術的な質問はほとんどなく、どれも自我の質問である。公開したもので印象に残った文章で、「伝導体が何を意味しているのか分からない」というものがあった。これは考えさせられた。おそらく、魂の波動が降りてきて流入しているだけでは、自身つまり形態がただの伝導の媒体でしかないという認識... -

魂の波動と脳の病気の識別
いくつか疑問点がありますので質問させてください。一つ目は、もし頭部の圧が魂の波動であるならば、眉間の疼きはどうなるのでしょうか。つまり前回説明しましたように、眉間の疼きと頭部の圧はその感覚が質的に全く異なるものです。そして両者は同時に存在する場合もあります。頭部の鈍重な圧を感じながら、眉間の疼きを感じることもあるのです。672夜様の説明によれば、私の眉間の疼きも魂の波動であるとのことですので、そうなると全く質の違う感覚ないしエネルギーが2つとも魂の波動ということになります... -

失われた時、失われない私
「今日は憂鬱で起きたくない。もう少し眠っていたい」 私たちは時折、そのように感じます。けれども、真の自己は一度として憂鬱を経験したことがありません。にもかかわらず、自我にはなぜ憂鬱が生じるのでしょうか。それはおそらく、過去の記憶と、その記憶から投影された未来予測が織りなす影ゆえではないでしょうか。 私たちは、面白みのない日々、あるいは望ましくない出来事の繰り返しが、今日もまた始まると考えます。しかし仮に、目覚めたときに記憶を失っていたならどうでしょう。自分が誰で、ここがどこ... -

祝福を目前に迷う個人意識の質問
672夜様は「自分のために生命エネルギーは流れていない」の記事において、「あなたは伝導体になっていたはずである。」と指摘されます。私はこの伝導体の意味が具体的に何を指すのかよくわかりませんが、魂の波動を周りに放射するなどの善き意味をあらわしているならば、残念ながらそのような変化はございません。それどころか、この1年で顕著になったのですが、瞑想時においても、普段の日常においても、頭の上部にかけて何か強い圧を感じるようになり、ひどいときはドクドク脈打つような感じです。そのよう... -

ハートを開き、それを主に捧げる
「魂の私」とは、頑張ることを一切やめた存在の状態である。努力や根性や精神力は頑張ることに固執している無知な存在の状態である。ラマナが、荷物は下におけば列車が運んでくれるのに、と言うように、「精神の私」から自由になりさえすれば、荷物はなくなり、古い自我意識が自分と呼んでいた者の人生の面倒をその後に見るのは、その次世代の列車である。ゆえに、起きることは自動的な話になる。起床すること、瞑想すること、歯を磨くこと、活動すること、このような文章が書かれること、この世の問題に対応する...

