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真の陶芸家
実用的な器は、満たされて初めて意味をなす。器に何を満たすのか。コップに水を、車にガソリンを、あるいは私に怒りを、人格を満たし盛りつける。こうして器は用途となる。 媒体を器と表現する場合がある。我々は器である。神学的に言えば、霊の器は魂であり、魂の器は人間である。我々器は、何でおのれを満たしているであろうか。気分や欲求だろうか。であるならば、アストラル器のエレメンタルは喜ぶであろうが、魂という器は人間という器の掌握に失敗していることを意味するだろう。 誠実な生き方、つまり奉仕... -

愛意志合う
体調が悪い人間は、体の調子を回復させようとする。なぜなら意識は苦痛だからである。超人の場合、体の調子が悪くても、自分とは関係がないという無関心が特徴である。なぜなら意識は至福だからである。超人の「聖なる無関心」は、体調不良ですら愛すべき一員の中に加えてしまう。人間は体調不良を悪しきものとみなし、それと敵対する。超人が体調不良を見るとき、その不調を治そうという意志は全くない。ラマナが言うように、個人の意志が神の意志に明け渡された後、好き嫌いを言う者は存在しないのである。体調... -

自由意志からの自由
人間は「気力」を使って生き、行為しているが、超人は、気力とは関係のない、気力の背後の力と一致しており、超人の媒体を生かし、動かし、存在させているのは、人間が知っている力の背後の普遍的な一箇の力である。たとえば、私のことを人は肉体だと思っており、これを書いている人がいると思っている。ゆえに、この著者は一人なのか、などの質問が来る。その観点に合わせて媒体は答え、一箇の肉体を通して書かれているという意味で、一人であると答えるが、実のところ、その媒体を通って動かしている力はもはや... -

愛の大航海時代
すべての病気は――事故、伝染病を引き起こす傷によるものを除いて――結局のところ、センターの状態に起因する。つまり、エネルギーの流れが乱れていたり、エネルギーが過剰に活動し不適切に方向づけられたり、エネルギーが全く欠乏していたり、エネルギーが活用されず、対応する高位のエネルギー・センターへと変性されずに残っていたりすることで起こる。 アリス・ベイリー「秘教治療上」p.291 周りの者がまた風邪で苦しみ寝込んでいる。私は、このような者たちの肉体よりも遥かに病弱であったが、もう長年、風邪を... -

恣意から意志
たとえば「大宇宙」という概念は「小宇宙」の解釈だが、その「小宇宙」が純粋になり、いかなる解釈も概念も歪曲もなくなるほど魂がマインドを掌握したとき、「小宇宙」という空想は終わり、「大宇宙」という概念もまた終わり、拡大された意識において、聖人が「神のみぞすべてなり」と言うように、「すべては我なり」の意識が、真我という調和の中で事実となるであろう。まだ通常の人間は、大宇宙に小宇宙が包含されており、世界に個人である私が存在していると逆に考えている。世界と私が全く同じものであること... -

やがて大宇宙は小宇宙に包含される
進歩の遅い人の特徴に、自己への強固なしがみつきがある。一方ですぐ進歩する者は、その自己を低級我とするならば、高級我の位置から、低級我との調和によって、高位の意識領域から低級我の意識を投げ落とす。調和によって知覚の対象外に追いやる。ここでは、マインドで生み出された想念を対象化して見たり考えたりすることはなく、いかなる二元も乗り越えられるゆえ、最も上質なかたちの素敵さがある。我々は物質界の海の波ではなく、内的な霊的魂の波に乗る。波との一体化である。この波と流れこそが、際限なき...

