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仏陀的
もし内的に落ち着きがなく、瞑想することもままならないと瞑想中に感じたならば、普通は諦めて止めるか、かつて達成されたレベルにまで入れるよう何とか努力しようとするだろう。このような判断に関わっているのは個人であり、個人の動きは常に逃避的である。私ならば、「今日は諦めよう」とか、「より深い意識に入るまで頑張ろう」などといった想念とそもそも関わらないため、何もしない。何もさせない力が勝っている。瞑想させないように内部で暴れ回っているものをただ見る眼が在るだけである。それは決して、... -

見えない理由
誰かを嫌いであるとしよう。人間だから合う合わないがあり、避けたい人間から嫌いな人間、ひいては許せない人間、憎むべき人間へと変化するのは初期段階の意識では避けられない。これを無くしたい。誰かが嫌いなとき、その誰かという特定の者は、実際には我々のマインドの中にしか存在しないのではないか。その誰かは、想念でしか捉えることができないのではないか。あるいはその相手の肉体を目の前でみるとき、マインドが関与しなければ、あるいは記憶喪失にでもなるならば、純粋に接することができるに違いない... -

すべての一体性について
「人類と私は同じ意味である」とか、「世界と私は同義語である」とか言うとき、周囲の木々や、樹皮や、生えているキノコや、あるいはそれらを照らす太陽など、すべてを自分と感じている状態なのかと聞いてくる者がいる。今述べられた形態の側面は、人間の意識においては存在だとみなされているが、私はそれらを存在と見ておらず、ただ表現と見ており、その表現を可能にさせているフォースがどのようなものであれ、フォースはエネルギーであり、すべてに浸透する自由で純粋なエネルギーつまり生命が私だと言ってい... -

平和物理学
リズムの不均衡は本当のところ、時間がもたらす錯覚であって、宇宙センター内には存在しない。このことについて熟考する必要がある。なぜなら、それは平和の秘密の鍵を握っているからである。その言葉の意味を余すところなく把握する必要がある。なぜなら、それは次の人種での意識拡大を説明するものであり…… アリス・ベイリー「宇宙の火 2」p.284 高位のリズムと低位のリズムが大まかに言えばある。人間の場合、霊のリズムと物質のリズムが混ぜ合わされたものであり、通常は完全に物質のリズムに支配されており、... -

燃える光の真昼
「真我探求への欲望だけは唯一許される欲望だとラマナ・マハルシは言っています!」と語る者がいた。クリシュナムルティなら苦笑いするだろう。この自我の言う真我探求に欲望が含まれているうちは、それが霊的欲望であれ、つまり霊的野心であるゆえ、その個人的な野心が邪魔をして、真我は理解されないままだろう。彼は実際のところ、真我を探求していると言うよりも、自分の幸福を目指しているか、自分の不幸から逃れたいだけである。多くの初心者における「真我探求」なる表明は、自我による自我拡大のための巧... -

背後と背後を隠すもの
最もリラックスした状態とは、最も集中している状態である。矛盾しているだろうか。 平均的な瞑想者は集中しようとする。熟練した瞑想者は集中の先の世界にただ存在する。これは、エネルギーとフォースを識別していないことによる同一化の違いを指し示している。集中しようとする個人の、そのような騒動、個人的な動機から引き起こされる騒動の背後に、集中の世界がある。言い換えると、メンタル界の背後にブッディ界がある。これが「何もしなくてもよい世界」である。それは調和が達成されているがゆえである。こ...

