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エネルギーとフォースの衝突
二つの衝突 病気が次の二つの方法で生じることに気づくであろう。 エネルギーとフォースの衝突によって フォース同士の衝突によって アリス・ベイリー「秘教治療 下」 p.250 人類の一般的な病気は2の範疇に入るが、第一イニシエーション(もしくはそれ以上)を受けている弟子の場合は1が加わることになる。より高い段階であるほど、その性質は1に属するものとなる。ここでは病気に関して話すのではなく、これが瞑想や瞑想生活においても同じであることを示したい。なお、引用冒頭の「病気」という単語を、「苦痛」... -
瞑想の実質に至る形式
瞑想についてですが、「苦悩の終焉」の質問者や多くの読者もそうだと思いますが、「瞑想」という言葉が指す形式が分からないのだと思います。つまり、私もそうですが、瞑想とは、何らかのメソッドや、目的に達するための方法というイメージもしくは先入観があり、そこから来る形式があるのではないかとの思いがあるように思えます。ようするに瞑想の実質、同一化をしないこと、静かにしていること、高位の波動に親しむこと、これらに至る方法ないし形式があるのではないか、との先入観があるように思います。Autho... -
意識と世界
ラマナ・マハルシは、世界は投影であると言います。それは具体的にどういう意味なのでしょうか。 例えば、私がこの文章を書いているとき、そこに意識を保っていなければ、勝手にあなたの見ている世界は私には存在しなくなります。つまり、マインドを通して見るときのみ、世界は存在するということになります。 世界は本当に存在していないのでしょうか。私には存在するため、かなり疑問に思われます。 存在の定義の問題であり、実在であるかと言われればそうではなく、存在するかと言われれば意識が何と同一化しど... -
私は苦悩を呼び寄せているのか
アストラル・ジャンキーの話には驚きました。私が苦悩の感覚が好きだということは思い当たる節がないわけではありません。以前、もしや自分はわざとこのような感覚を呼び寄せているのでは、と思ったことがあります。しかしながら、当然それら苦痛は気持ちの良いものではありませんので、結局否定しましたが。 質問者 「わざと呼び寄せている」のである。言い換えれば、自ら同一化しに行っている。これを長らく自作自演と呼んできた。彼は「苦痛は気持ちの良いものではないので結局は否定した」が、呼び寄せる過程... -
アストラル・ジャンキー
君に腹立たしい人物はいないのか。 あなたが自我意識に焦点を当てるときのみ、他人が存在するだけである。あなたも他人も非実在であり、ともに想念の中にのみ存在する。 言い方を変えよう。君は腹立たしさを経験したことがあるか。 たくさん。 ならば、その腹立たしさを君はどう乗り越えてきたのか。 あなたの前提は自我である。ここだけが問題である。私は真我に集中してきたのであり、自我の腹立たしさには構いもしなかった。 そんなことは聞いていない。腹立たしさを経験したことがあるなら、その時は少なくと... -
瞑想中の妄念や激情
眉間の疼きに留意する瞑想のみでは妄想が激しく、瞑想にならないまま終わることが多かったので、呼吸に気づく瞑想は導入として続けております。うまくいけば、心が静かになり、その後の眉間への瞑想もスムーズに行えます。自我の葛藤ですが、瞑想に入るなり、雑念妄念が激しく生じ、これらを無視し続けていると、今度は過去において腹立たしかったことや、腹立たしい人物の記憶が生じ、それに対し反応することが多いです。また自分の過去の行動で後悔していることがよみがえり、これらに引きずられるパターンが多...