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新年と抱負
今年、去年、来年、この種の言葉は左下のパーソナリティー意識が言うことである。それは時間意識である。子供時分、教科書の隅に絵を描き、頁をばらばらとめくりながら眺めたとき、絵が動いて見えた、あの遊びを覚えているであろうか。あれをスローモーションにしてみよう。事実は、静止画の連続を記憶で捉えるときに生み出される変化運動という錯覚である。実際は変化していない。動いていない。前の静止画を覚えているときだけ、動いたように見えるだけである。この変化運動の錯覚は、記憶を軸とする時間意識の... -

上と下の図解
図で説明する。通常の人間意識の場合、左下の三角のパーソナリティーしか認識していない。ここから瞑想が始まる。赤線がアンターカラナの前半である。瞑想はアンターカラナの科学であり、低位と高位を繋ぐものである。赤線が完成したとき、中央の図に移り、丸の中に三角が入る。つまり赤線が下から伸びるにつれて、パーソナリティーは魂を認識するようになり、最終的には融合する。必然的にこれは、最初に探求を始めたパーソナリティーは存在しなくなるという意味でもある。ここではもはや、個人的な自分という錯... -

一なるものの奇跡
「上にあるが如く、下もまた然り(As above, so below)」と言うが、元のエメラルド・タブレットでこれに該当する部分の最後にはこうある。「それは一なるものの奇跡を成就するためである」と。この部分の逐語的な訳を紹介すると以下である。 下にあるものは、上にあるもののごとくであり、上にあるものは、下にあるもののごとくである。それは一なるものの奇跡を成就するためである。 私はこう言いたい。「上にあるものを知ったとき、下と上を調和させるべき意味と意義が理解される。それは、一なるものの奇跡を... -

灰汁
たとえば、私が672夜で、自身で出来ないことを出来るように書いたり、実際は知らないことを知ったふりして書いたりするならば、少なくともその日のうちに、カルマ的な反作用が現象の世界で生じ、私を痛めつけることになるだろう、という話をある者にしたら、次のように言われた。あなたはそのときカルマに苦しむのかと。これが面白い質問だと感じたため取り上げる。 自分を大きく見せるために、出来ないことを出来ると喧伝するような者とは、個人である。この個人性の残り滓が、仮に私の翻訳を歪曲させた場合、そ... -

御しがたい情緒
誰かに害されたとき、通常は怒りや憎悪、許せないという感情に飲まれるが、魂を知り魂で在る人間の場合、そのような負の影響力から自由である理屈について説明したい。したがって今回は明確にアストラル界の話である。 私に害を為した者を仮にSだとしよう。Sという人間は、もし我々が魂の意識で在るならば、自分の中に存在する自分でしかない。世界についても同様で、昨日マハラジが言ったように「あなたが全宇宙の深遠な原因なのだ。すべてはあなたが在るがゆえに在る」もの、より厳密には、在るように見えたり感... -

「I AM THAT」p.266
あなたは世界のなかに平和と調和を求めながら、あなた自身のなかにそれをもつことは拒んでいるのだ。 ニサルガダッタ・マハラジ これは最初に平和を知らないからである。平和を知ったあと、個人は副次的に平和になっていく。個人が道徳的・倫理的によくなることが生の目的ではない。それは真の目的に付随するものでしかない。とはいえ、この文章は世界の混乱の原因をそのまま解き明かすものである。たとえば、「抑止力」という詭弁が詭弁であることを通常の人間は理解できない。軍事費の増額、武器の購入、果ては...

