2022年12月– date –
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超然
すべては自作自演である。精神は欲望と恐怖を利用して、自我や自我の世界を延々と紡ぎ出す。精神の産物である人間は、欲望か恐怖をそのまま世界に投影し、自分勝手な物語にそのまま没頭し続けている。そして、わたしは弟子だとか、惨めだとか、道を歩いているとか、各々が自作の話を次から次に、欲望と恐怖を燃料に炙り出している。 そこに、賢さが到来して、それらが自分ではないという叡智が訪れる。全てと関係がないという祝福された感覚が訪れる。そのある種の苦しみを調べてみると、精神の背後に静かなる者が... -
霊的欲望の犠牲者
マインドや思考の統御について。これは、情緒や欲求といったアストラル性質が静まらないかぎり難しい。それらのフォースを識別できないとき、われわれはその衝動の犠牲になって、霊的欲望に捉えられてしまう。一般的な欲望と霊的な欲望に違いはないだろう。われわれはそれが見えなくなる。欲求や逃避に反応を示さぬ静穏なアストラル体に仕上げられたとき、思考や想念つまりメンタル・フォースの問題に集中できるだろう。 飛び級はない。飛び級をさせる覚者というものも存在しない。現実は挫折者だらけである。誠実... -
1. アウム(オウム)。以下の教えは合一の科学に関するものである。
ラージャ・ヨガ、第一の書はこのようにして始まる。ラージャ・ヨガとは合一の科学である。それは以下の七つを可能にする教えである。 魂との意識的な接触。 真我による人間に対する統御を維持させる。 魂のエネルギーの流入を促し、魂の様々なパワーを顕現させる。 低位サイキック能力の征服と、高位サイキック能力の獲得。 肉体脳と魂の連結。これにより魂からメッセージを受信可能とする。 「頭部内の光」の増大を可能にする。 道を見出し、道そのものとなる。 以下の三つ組に関する資料は学ぶ上で暗記するに値... -
人間の三重の構造
モナド・霊・生命 モナドは神の三つの様相を反映する。 意志と力……父 愛と知恵……子 活動知性……聖霊 人間がモナドに接触するのは、最後のいくつかのイニシエーション(第三イニシエーション以降)においてである。そのとき、アンターカラナの構築が進み、脳がアルタ・メイジャー・センターに統御されている頸動脈腺を用い、心臓とハート・センターとの関係を確立する。 モナドは次のものに反映される。 魂 魂は次に挙げるパーソナリティーの三重のメカニズムを媒介として物質界に魂の属性や様相を呼び起こすが、こ... -
魂の波動
高位メンタル・レベルから発している魂の推進するエネルギーに敏感にならなければならない。ある進化段階が達成されたとき、このようなエネルギーは、三体からなる人間のフォースを統御するよう努めるようになる。 アリス・ベイリー 「新しい時代の教育」 p.106 進化段階は気にする必要がない。しかし、波動やエーテル体の知識がないならば、われわれはそれを病気と思いかねない。いま現在も、誰にも理解されることのない、この頭部内のいわくいいがたい圧力に対し、一人で悩み苦しんでいる兄弟方がいるはずである... -
672夜
<苦痛に関して書いた以前の文章からの抜粋> ……その絶望感が幾分強かったため、とつぜん内なる魂と一体化した。それは、絶望するおのれを背後から目撃するという、衝撃的な瞬間であった。そのとき思ったのは次のようなことである。「すべて自作自演だった」。私は魂として苦痛を感じていなかった。ただ絶望している自分を見ていた。自分で問題を作り上げ、それに自分で絶望しているだけだった。これは白けた。このようにして自我は存続しているのかと思った。それからというもの、自我の反応に関心を失い、私...